SUMMER RAIN

夏の雨は時に優しく、時に無情・・・

第4章 夢のかけら 〈3〉

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 車は高速道路を走っていた。制限速度をはるかに超えたスピードを出し、時々スリップを起こしている。それでも彼は少しもスピードを緩めようとせず、ひたすら前方だけをみつめて沈黙を守っていた。

 マスターはようやく彼が酔っていることに気がついた。「おい、教授! 呑んでるだろ?」

「なあに、ビールを一杯ひっかけただけだよ。そんなに心配しなくても大丈夫さ」と彼は言った。

「とにかくスピードを落とせよ。落とさないんだったら、もうこれっきり友達やめるぞ!」とマスターは咎めるように強い調子で言った。

「あいよ、キャプテン」

 彼は渋々スピードを緩めた。

「ところで、誰と一緒だったんだ?」とマスターは彼を訝し気に見ながら、探るように訊いた。

「学生たちに誘われて、一緒に食べて騒いでたよ」と彼はさりげなく答えた。

「みんな元気か?」

「ああ、変わりなく」

「奥さんは元気か? 美代子ちゃんも可愛くなっただろう? そういえば、当分会ってないもんなあ」

 すると彼はマスターを鋭く一瞥し、「ガタガタ言うな!」と怒鳴った。

 マスターは一瞬たじろいだ。そんな彼を見るのは初めてのことだったのだ。

 ところが彼は怒鳴った直後、すぐさましどろもどろになりながら謝り始めた。「あ、いや、違うんだ、何でもない。御免! 御免よ! 美代子かい? ああ、ああそうだ、可愛くなったよ。俺に似てるんだ…」

「なあ、何かあったんだろう? 言えよ。水臭いじゃないか」とマスターは親身になって訊いた。

「本当に何でもないんだ。ちょっと考え事をしてただけだよ。それより、キャプテンの造った自慢の船、もう名前は決まったのかな?」

 彼が故意に話題を変えたので、マスターはもう少し様子を見てみることにした。「ああ、付けたよ。なんてことはない名前だよ」

「あ、待てよ。まさかキャプテンから取って『ザ・キャップ号』とかいうんじゃにだろうね?」彼は普段の調子に戻っていた。

 マスターは笑った。「もっと単純さ!」

「ヒントは?」

「俺の仕事に関係あるね」

「わかった! 『S&M号』だな!」

「その通り!」

「そいつぁ、いいね! Sun&Moon、太陽と月、そして果てしなく続く海」彼は茶化すように言った。

「ずっと話してた日本一周の計画、本気で考えてみようぜ。世界に一つしかない、俺の手作りの船は内装もバッチリだからな! いろんなアイデアが生かされてて、過ごしやすいこと請け合いだぜ!」

 マスターが夢見がちにそう言うと、彼はつと「無理だね」と呟いた。

「無理?」マスターは彼の言葉を繰り返した。

 

                                  〈続〉