SUMMER RAIN

夏の雨は時に優しく、時に無情・・・

第1章 見返りなき愛 〈3〉

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 翌日の夕方『プロジェクトJC』の社長から電話で夕食に誘われた。泰彦が指定された場所に行くと、待っていたのは髪の長い女だった。それが依子であることに気づくまで数秒かかった。前日のパーティーでは髪をひっつめていたので、まるきり違う女に思えたのである。

「驚かせちゃったかしら? わたくしが父に頼みましたの」と驚いている泰彦に依子は朗らかに言った。そして伏し目がちにこう続けた。「是非もう一度、あなたとお会いしたくて」

 その思いがけない出来事に戸惑ったのも束の間、自分の容姿や男としての魅力にかなりの自信を持っていた泰彦は、依子の大胆なアプローチを当然のこととして甘受した。もともと女に不自由せず、単に選り好みのしすぎで結婚に至っていないだけだったし、建築家としての地位を確立したことが彼の自惚心をそれまで以上に引き伸ばしていた。

 依子のひどく他人行儀な話し方も、泰彦の慇懃な物腰も、表面上すぐに姿を消していき、あくまで指導権を握りたがるプライドの高い泰彦に依子が従う、といった形で二人の関係はうまくいった。

 彼女と過ごす夜は驚きの連続で、普段の上品な物腰からは想像できない貪欲な娼婦へと豹変した。手入れの行き届いたみずみずしい素肌は妖しい香りを放ち、秘密の花園へと導いていく。激しい抱擁の後、その可愛い雌虎はいつも満足そうに微笑していた。

 泰彦はつき合ってまもなく、他人について話す依子の言葉の裏に金持ち特有の嘲りの意味が潜んでいることに気づいたが、自分や自分の知人に対してそういう面を見せることはなかったのでちょっとした雑音として聞き流すことができた。

 というのも、彼女の環境は超一流だった。それはまさにピラミッドの頂上で、選ばれた一握りの人間しか味わうことのできない蜜の味を思う存分味わっていた。すべてを持っているがゆえの倦怠感だけが唯一の悩みという生活である。彼は否応なしにそれまでの自分の凡庸な生活を思い知らされることになったが、彼女と一緒にいる限り、どんな野望も遂げられるに違いなかった。

 

                                 〈続〉