SUMMER RAIN

夏の雨は時に優しく、時に無情・・・

第2章 ヒッピーに憧れて〈3〉

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「久しぶりね、恵理。方々探し回ったのよ」

 女は相変わらず美しかったが、肌に翳りが感じられた。完璧なメイクの下で、歳月が少しずつ、しかし確実に彼女の肌を蝕んでいるようだ。そこは殺伐としたところで、置いてあるのは小型テーブルとそれを挟んで布張りの肘掛け椅子二つ、そして鉄製の頑丈そうなベッドが奥にあるだけだった。ベッドを見た瞬間、ここでいろんな悪事が行われたに違いないと直感した。

「突っ立ってないで、座ったらどう?」女の微笑には隙がなかった。

 恵理は黙ったまま、差し向かいに座った。

「一年になるのね。寂しかったわ。ちょっと大人びたんじゃない?」女は愛しそうな眼をした。

 恵理は何も答えなかった。

「私から逃げようったって、どだい無理な話なのよ。これでわかったでしょ?」女はそう言うと、立ち上がって恵理の後ろにやってきた。「私たち、あんなに仲良くやってたじゃない。楽しかったわよね、そうでしょ?」恵理の耳元で淫らにそう囁き、首筋にキスをした。

「やめて!」恵理は思わず女を跳ねのけた。「いったい何の用なのよ?」

 女はすっくと立ち上がった。「そう、じゃあ単刀直入に言うわ。来月パリに発つの。私たちの、思い出のパリよ。今回は一年の予定なの。一緒に行ってもらうわ」

「冗談じゃないわ! 誰があんたなんかと!」恵理がそう言い放つと即座に左頬を弾かれた。

「今度口答えしたら許さないわよ!」女は恵理の顎を軽く揺り動かしながら、苦々しそうに言った。それから「甘やかしすぎたようね」と一人呟いて、部屋の中をゆっくりと歩き始めた。

「全然わかってないのね。あんたに選ぶ権利なんかないのよ、恵理。今の生活、すっかり調べさせてもらったわ。黒人とつき合ってるんですって?」

「彼らは関係ない!」

 ムキになって否定する恵理を見て、女は鼻でせせら笑った。「あんたが断ったりしたら、あの人たち、どうなるのかしらね」

 恵理の顔からさっと血の気が引いた。「人でなし! 今度は何をするつもりよ?」

「あら、何のことかしら?」女のけたたましい笑い声が部屋中に響き渡った。「まあ、いいわ。一日だけ待ってあげる。あんたは優しい子だものね。よく考えなさい。ただし、逃げようったって無駄よ。ちゃーんと見張りがついてますからね!」

 その後、女はベッドに行き、茫然と立ちつくしている恵理を尻目に挑発するような官能的なしぐさで横たわった。「ああ、恵理、あんたを早く抱きたいわ。あんたの肌が忘れられないの」

 恵理は身震いし、一刻も早くその場を逃れたかった。だから努めて婀娜っぽく言った。「今日はもう、帰っていいでしょう?」

 女は目を細め、まるで値踏みするみたいに恵理をじっと見つめていたが、目を伏せるとさっと起き上がった。それから無言でドアを“コンコン”と軽く二度叩くと、外にいた男がドアを開けた。

 二人の男は来た時と同じように恵理を車に乗せた。車が国道に出た頃、雨が落ち始めた。恵理はじっと前を見据えていたが、その瞳には何も映っていなかった。ただ瞬きをする度に一筋の輝きが生まれた。

 

                                 〈続〉