SUMMER RAIN

夏の雨は時に優しく、時に無情・・・

第2章 ヒッピーに憧れて〈5〉

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 恵理は麻美と違って物欲がなく、性別も彼女にとっては無意味なものだった。そして七十年代のヒッピーに漠然とした憧れを抱いていた。彼らのように何物にも囚われない自由な生き方をし、自分のすべてを解き放ちたいと思っていたのである。彼女の理想は男女を問わず純粋な精神で愛し、お互いを尊敬できる関係を築くことだった。愛と自由、そして尊敬と平等という、非常に聞こえの良い、矛盾だらけの蒼い思想を自分の人生に嵌め込もうとしていた。

 麻美の気まぐれや嫉妬深さに多少辟易させられてはいたものの、彼女の嫉妬心は自分を愛している証拠だと思い、麻美との生活にはかなり満足していた。麻美を愛していたし、何よりも二人の関係は自分の理想と合致していると信じていたからである。

 

 その日、恵理はいつものようにサロンで麻美を待っていた。ゆったりとしたソファーに座り、暇つぶしに雑誌を眺めていると、スタッフの一人である祥子が俯き加減で通りかかった。見ると彼女の目は赤く腫れていた。

「何かあった?」と恵理は心配して声をかけた。

 すると祥子は崩れるように抱きついてきて、ワッと泣き始めた。

 同い年ということもあって祥子は恵理に親近感を抱き、そしてその神秘的な雰囲気に憧れてもいた。だから恵理がサロンにやってくるといつも親しみを持った微笑みを浮かべ、麻美のいない時には気軽に声をかけてくる。恵理は彼女のあどけなさを可愛いと感じていた。

「彼氏と別れたの…」祥子は泣きじゃくりながらやっとそれだけ言った。

 こういう時に言葉が何の役にも立たないことを知っている恵理は、黙ったまま祥子の髪をそっと優しく撫でた。

 その瞬間、刺すような鋭い視線を感じた。顔を上げると恐ろしい形相をした麻美が立っていた。怯んだ恵理は思わず祥子を離した。祥子もすぐ異様な気配に気づき、そのグシャグシャになった顔で麻美を見るなり、「ごめんなさい!」と言って走り去った。

 その後麻美はそのことには触れず、何事もなかったかのように振る舞ったが、逆にその態度は恵理を不安にさせた。

 その夜、マンションに帰ると、恵理は麻美の機嫌の良い時を見計らって反応を窺った。「祥子ちゃん、彼と別れたらしいの。あんなに泣くなんて、よっぽどショックだったのね」

「そうなの、可哀相にね」と麻美は関心なさそうに言った。

 しかしその無関心さは麻美の精神状態の裏返しに思えた。「あの子とは何でもないのよ」と恵理は念を押した。

「そんなことわかってるわよ、馬鹿な子ね」麻美は恵理の肩を抱き寄せた。「それより明日からパリに出張よ。日本のことは忘れて楽しみましょう」

 それから二人は濃厚なキスをした。恵理はすっかり安心し、そのまま彼女に身を委ねた。

 

                                 〈続〉