SUMMER RAIN

夏の雨は時に優しく、時に無情・・・

第2章 ヒッピーに憧れて〈6〉

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 パリでの二人の関係は申し分なかった。麻美の機嫌がすこぶる良かったからである。エッフェル塔コンコルド広場、シャンゼリゼでのショッピング。恵理は大いにパリが気に入った。パリの人々は時間に逆らわず、自由にのびのびと生きている。何より彼女が好きだったのは、そこここにあるビストロでゆったりとした時間を過ごすことだった。夢心地の中で十日間が過ぎていった。

 

 久しぶりにサロンに行くと祥子の姿はなかった。不審に思った恵理がスタッフの一人に訊くと、四日前に辞めたと言う。恵理は麻美に疑惑を抱いた。しかしいくら問いただしてみても、麻美は「関係ない」の一点張りだった。何か釈然としないものを感じたが、確固たる証拠もないので麻美を信じることにした。

 それはほんの偶然だった。マンションに帰ると、その時間にはいないはずの麻美が電話で話していた。

「そう、あの子、そんなに稼いでるの。オホホホホ! それは良かったわね」

 恵理は息を殺してその声に聞き入った。

「で、源氏名は? やっぱり祥子なの?」

 

 その日から一年近く経っていた。麻美を本気で愛していた分だけ心が疼き、祥子のことを考えると身を引き裂かれるような思いだった。麻美の背信行為は恵理の崇拝していた思想に真っ向から対立し、すべてを汚してしまったのだ。

 麻美は気まぐれだが、自分のエゴには忠実である。ここまで執拗に追いかけてくるからには、彼女のあの陰鬱で醜い部分が想像以上に増幅しているに違いなかった。恵理はこれからの人生に〈過去の忘却〉が一方的に要求され、自分のすべてが封じ込められることを知っていた。かわりに、どんな些細な希望も打ち砕く麻美の下品な高笑いと、恵理の築き上げたものを一瞬にして砂の城に変えてしまう麻美のあの微笑が、じわじわとからだの奥深くまで浸透していくのだ。

 

                                 〈続〉