SUMMER RAIN

夏の雨は時に優しく、時に無情・・・

第3章 裏切りの街角 〈1〉

 

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 男が店にやってきたのは午後九時半頃だった。店は能天気な若い男女で溢れていた。マスターが一番奥に席をつくってくれ、ようやく座ると男はスコッチを注文した。

「久しぶりじゃない!」と琥珀色のグラスを差し出しながらマスターが言った。

「え? ああ、そうだね」と気のない声で男は答えた。

「四、五年になるんじゃない? で、どう、調子は?」

「良くないね」男は呟くようにそう言うと、スコッチを煽るように飲みほした。

 昔から愛想のないこの男に、マスターは諦め顔でおかわりを作った。

 

                 ※

 

 目が窪み気味の、陰気な顔つきをしているこの男は、今から七年前、彼が三十四の時、二十六回目のお見合いでようやく結婚にこぎ着けた。相手は彼より一歳年上の、甲高い声をした不細工な女だったが、初めて彼を受け入れた女だった。世間体を重んじる家庭で育った彼は、もう後がないという焦燥感から不本意ながらも娶ったのだった。

 結婚すると二人は次々と四人の子供を設け、彼の妻は一人生むごとに確実に体重が五キロは増え、今ではそれこそ立派な体格をしている。妻は大の子供好きだった。彼は自分の妻を愛しいと思ったこともなかったし、子供を煩わしがるタイプでもあった。

 彼はおよそ似つかわしくない車のセールスをしている。もともと口下手でコネもないうえに、追い打ちをかけるような景気低迷で、この一年というもの彼の売り上げはひどく落ち込み、ボーナスも以前の半分程度になってしまった。会社からは役立たずと罵られ、一間のボロアパートに帰れば妻に悪し様に言われ、子供たちは泣くか喚くかし、彼の窪んだ目はますます影が濃くなっていった。

 

                                  〈続〉