SUMMER RAIN

夏の雨は時に優しく、時に無情・・・

第3章 裏切りの街角 〈4〉

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                 ※

 

 騒がしかった若者たちが店を出ていき、代わりに重苦しい沈黙が店を支配した。

「今、出てった中の一人、今日の競馬で大穴を当てたらしいよ」とマスターは空になった彼のグラスを笑顔で満たしながら言った。

 彼はマスターをすばやく一瞥すると、「そう…」と素気なく言った。

 マスターは出ていった若者たちのグラスを片づけ始めた。

 

                 ※

 

 今朝の彼女はこれまでとは一転して激しかった。明け方店から戻ってくると、寝ている彼の隣に横たわり、初めて自分から誘いかけてきたのだ。彼がその気になると、まるで何かにとり憑かれたように更なる快楽を欲して呻き声を漏らした。彼女の中で何かが燃えていた。

 そんな彼女に刺激され、彼はそれまで持ち合わせていなかった、女という生き物に心から何かをしてやりたいという感情を呼び起こされた。

「お前、欲しいものはないか?」と流れ出る汗を拭いながら彼は言った。

「何もいらないわ。あんたさえいてくれたら…それでいいの」彼女はそう囁くとまたからだをすり寄せてきた。

 彼はもう一度彼女の中へ入っていった。

 

 少ない睡眠時間にもかかわらず、彼は爽快な気分で会社に出た。しかも朝からツイていた。外回りは午後からだったので店頭にいると、ヤクザな外見をした中年男がやってきて、置いてある紺のメルセデスの中古に試乗したいと言う。二人でその車に乗り込み、会社のまわりをグルッと一周した。接客した彼は珍しく饒舌だった。

 ものの五分で話はついた。その男は即金を希望し、アタッシュケースから四百五十万円もの現金を取り出した。そんなことは初めての経験だったし、何とも胡散臭い話なので部長に事情を説明した。すると部長はすぐにその現金を銀行に預けるよう彼に指示し、「気をつけろ」と執拗に注意した。

 銀行に行く道中、その考えが浮かんだ。彼は持っていた現金を口座に振り込むと、どぎまぎしながら一路、競馬場へと向かった。上着の内ポケットには抜き取った五十万円が入っていた。それまで世間体を気にしてうまく振る舞っていたが、彼は根っからのギャンブル好きだった。得てしてギャンブル好きな人間というのは負けても懲りず、変な迷信に固執したり、ギャンブル美学なるものを崇拝していたりする。彼もまたそういった種類の人間だった。しかし景気が悪くなってからは、さすがの彼も賭博場に足を運ぶことができなくなっていた。

 その五十万円を元手に今日のツキなら何十倍にもなる、いや、何百倍にもしてやろう、そうしたら拝借した五十万円はすぐに口座に振り込めばいいし、残りの大金で彼女と二人、どこか遠くで暮らそうと考えていた。今日はすべてがうまくいくと、彼は信じきっていた。

 

                                 〈続〉