SUMMER RAIN

夏の雨は時に優しく、時に無情・・・

第3章 裏切りの街角 〈5〉

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 雲が低く垂れこめた競馬場は人で溢れ、澱んだ空気が広がっていた。遠ざかっていた勝負師の感覚はすぐに蘇ってきた。早速競馬新聞を買い、パドックを食い入るようにみつめては、赤ペンで印をつけたり数字を書き込んだりしていた。

 手始めに賭けた九レースは見事に的中し、五十万円は七十八万円になった。彼は馬券が外れて愚痴っている人々を得意満面で見回した。

 次の十レースでは勢いに乗って十万円ずつ三点買いをし、何とこれまた的中。今度はなかなかの高配当で、手持ちの金額は合計三百七十三万円にもなった。

 こうなるともう笑いが止まらなかった。待ち続けていた時が遂にやってきた、今日こそが運命の日、今、俺はでっかい波に乗っている、こういう時はその波に乗ってとことん勝負する、それが正真正銘のギャンブラーというものだ。ただの雑誌の受け売りだったが、いつもの青白い顔は珍しく紅潮していた。

 次は今日のメインレース、芝の二千メートルだった。オッズではダントツで五番の馬が一番人気、大本命である。考え抜いた末、彼が賭けたのは三番の単勝だった。ここが勝負どころとばかりに手持ちの現金すべてを賭けた。三百七十三万円をである。生まれつき小心者の彼は、買う時に微かに手が震えていた。

 買った馬券を祈りながら内ポケットにしまい、上着の上から軽く擦った。三番は二番人気で、オッズによると五倍になっていた。彼がなぜ三番を選んだかというと、新聞に載っていた占いで、今日の彼のラッキーナンバーだったからである。もし的中すれば、千八百六十五万円になるのだ。千八百六十五万円、その夢のような大金が、手を伸ばせば届くところにあった。

 遂に雨が落ち始めた。ファンファーレが鳴り、どっと歓声が沸き起こった。興奮状態だった彼は傘もささずに見守った。十六頭の馬は難なくスタートし、予想通りの展開を繰り広げた。三番の馬は中団で本命の五番にピッタリ張りついている。彼は思わずほくそ笑んだ。彼の描いたシナリオでは、最後の直線勝負で三番の馬がグングン伸びて見事五番の馬をかわし、そのまま一気にゴールを駆け抜けることになっていた。

 それは第三コーナーに差しかかった時のことだった。客席から悲鳴に近いどよめきが起こった。五番の馬が突然崩れるように倒れたのである。当然騎手は落馬し、後ろにいた三番の馬も巻き込まれた。大波乱となったレースはそのまま続行され、終わってみると万馬券になった。彼の歯はカチカチと鳴っていた。彼の波は去ったのである。

 

                                 〈続〉