SUMMER RAIN

夏の雨は時に優しく、時に無情・・・

第3章 裏切りの街角 〈6〉

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 店に若い女と黒人二人が入ってきた。彼には三人の話す英語が耳障りだった。

 

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 亡者の集う競馬場から放心状態で女のアパートへ帰ってくると、アパートの前で彼の妻が待っていた。彼女はその太ったからだにピッタリ合った品の良いグレンチェックのスーツを着ており、右手には紺色の傘、左手には高価そうなハンドバッグを携えていた。

「どうなさったの? 傘も持たないで」と妻はさして感情を込めずに言った。

「何の用だ? 何でこんなところにいる?」と彼はこの上なく不機嫌な調子で言った。

「はい、これ」と彼女はバッグから一枚の紙切れを取り出して言った。「判を押してちょうだい。あなたの印鑑も持ってきたわ」

 彼はそれをひったくるようにして取った。離婚届けだった。既に彼女のサインは済んでいる。

「心配なさらなくても、子供は私が引き取ります。養育費もいりません!」と彼女は毅然とした態度で言った。

 突然のことで彼は一瞬躊躇した。しかし、すぐ開き直ったように黙々とその場でサインをし、その紙切れを乱暴に突き返した。

 彼女は満足そうにそれを眺めると、大事そうにバッグに収めた。「これでスッキリしたわ。会社に行ったんだけど、何やらすごい騒ぎだったわよ」

 それを聞いた彼はみるみる顔の表情を強張らせ、すごい剣幕で怒鳴り散らかした。

「うるさい! 用が済んだんなら早く帰れ!」

「はいはい、すぐ帰るわよ。実はね、私、当たっちゃったのよ、宝くじの一等が。一億三千万円よ!」茫然としている彼ににっこり微笑むと、彼女はくるりと背を向けて歩き始めた。

 その後ろ姿を見ながら、何を言っているんだ、この女。宝くじの一等だと! 一億三千万円だなんて馬鹿馬鹿しい、と思っていた。

 すると彼女はふいに振り返った。「どうやら留守らしいわね、あなたの愛人さん。まあ精々しっかりね。ごきげんよう!」弾んだ声でそう言うと、今度こそ本当に去っていった。

 彼女の言葉に一抹の不安を覚えた彼は、急いでドアの鍵を開けた。部屋は彼が朝、出た時と同じ状態だった。女はいた。ほっと安堵し、彼は窓際に座り込んだ。

 

                                 〈続〉