SUMMER RAIN

夏の雨は時に優しく、時に無情・・・

第4章 夢のかけら 〈4〉

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 彼は口を閉ざしたまま高速を下りた。マスターは不安そうに彼をみつめていた。雨は休みことなく驚異的に降り続いている。暗闇の中へ車ごと吸い込まれていきそうな沈黙が続いた。そして車は細く曲がりくねった暗がりの山道を、彼の危なげなハンドル捌きで登り始めた。

 海を一望できるこの界隈は、普段ならカップルの乗った車が何台もたむろしている。ところが今夜は一台の車も見かけていない。つまり、こんな悪天候の夜にドライブするような〈狂人〉は自分たちだけなのである。車内という狭い空間の中、マスターの鼓動は次第に高鳴り始めた。

「なあ、戻ろうよ」とマスターは懇願した。

 すると彼は訳の分からないハミングを口ずさみ始めた。

 マスターの不安は一気に恐怖に変わった。「おい! 何とか言えよ!」と彼の肩を強く揺さぶった。

 しかし彼はハミングをやめない。

「おまえ、帰って休んだほうがいいぞ」と彼の感情を逆撫でしないよう、マスターは優しく諭すように言った。「俺も疲れてるし。な! 帰ろうぜ」

 彼は首を横に振った。「駄目なんだ」

「何が駄目なんだ?」

「待ってるんだ」

「誰が?」

「待ってるんだ、じき会えるさ」彼の目は虚ろだった。

「おまえ、自分で何言ってんのか、わかってるのか?」マスターは叫んでいた。

「実は、俺…」

「実は何だ? 何だよ? 早く言えよ!」

 いったい彼がどうしたのか、まるでわからないマスターは軽い眩暈さえ覚えた。

 

                                 〈続〉