SUMMER RAIN

夏の雨は時に優しく、時に無情・・・

2020-01-01から1年間の記事一覧

第1章 見返りなき愛 〈4〉

依子は二十五年間の人生に於いて、欲しいものを取りこぼしたことはただの一度もなく、泰彦でさえその例外ではなかった。一見育ちの良さそうな、生命感溢れる表情をした、今や絶頂期と思われる彼が、まるで壊れやすい宝物を扱うように彼女の傍らに存在するの…

第1章 見返りなき愛 〈3〉

翌日の夕方『プロジェクトJC』の社長から電話で夕食に誘われた。泰彦が指定された場所に行くと、待っていたのは髪の長い女だった。それが依子であることに気づくまで数秒かかった。前日のパーティーでは髪をひっつめていたので、まるきり違う女に思えたので…

第1章 見返りなき愛 〈2〉

依子と出会ったのは今からおよそ半年前の、祝賀パーティーでのことだった。 四年前、全国で一、二を争うホテルチェーンを持つ、名うての『プロジェクトJC』から泰彦の勤める『サンライズ・コンサルタント』へ設計の依頼があり、その大役が目下成長株だった泰…

第1章 見返りなき愛 〈1〉

泰彦はカウンターに座るとスコッチを注文した。この店に顔を出すようになって既に8年の、馴染み客の一人である。午前零時を回っていた。店には隅の一角でダーツに興じている若い女と黒人二人、それにサラリーマン風の中年男が一人いるだけだった。黒人の一人…

序章

地下2階にあるショットバー『S&M』は、壁にマホガニー調の板を張り巡らせ、点々と散らばる古めかしいランプが店内を黄金色に染めている。そろそろ五十に手の届きそうなマスターの思惑通り、〈大型クルーザーのキャビン〉を巧く演出していた。 上唇に髭を蓄…